2012年10月01日〜15日
10月01日  ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 最近、CFで、ちょっとしたBBQブームが起きている。

 ドムスの庭で、コンロを置いてBBQをするのだ。野趣万点とはいえないが、欧米のワン公どもにはボーイスカウト時代に戻ったようで楽しいらしい。

 直人がうらやましそうにいう。

 「ロビンたちはしょっちゅうやってるらしいよ。寝袋まで持ち出して、庭で寝てるって。エネルギーが充填されて元気になるんだって」

 直人もやりたがっていたが、彼の家はいま、主人が帰っているらしい。
 おれはマキシムに言った。

「うちもやるか」

10月02日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 庭キャンプに誘うと、マキシムは目を輝かせた。

「上で炭火のグリルが売ってたぜ」

 CFのスポーツ・ショップでグリル、炭、鉄鍋、パーコレーター、シェラカップまで買った。

 すごくウキウキする。マーケットで骨つき肉やホタテやサザエ、キノコ、野菜を買い込む。

「炭水化物は何にする?」

 おれが聞くと、マキシムは「オニギリ」と即答した。

「OK。グリルで焼きオニギリやろう」

 ふたりで上機嫌で帰った。が、ドムスにはフランスから伯爵が帰って来ていた。


10月03日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 マキシムは主人の寝室に呼ばれた。

 肉、野菜は冷蔵庫、BBQの道具は仕舞うしかなかった。

(しゃあない)

 マキシムは伯爵のペット。セックスをするために養われている。
 BBQセットを買った金とて、旦那の懐から出ているのだ。

(しゃあない。おれだって、伯爵に命を救われたようなもんだ)

 そう繰り返す。

 が、ひとりでいると部屋は静かだ。

 伯爵を恨みはしない。マキシムも。でも、ひとり飯のため、キッチンに立つのは億劫だ。

 おれはBBQグリルを袋につめ、公園に繰り出した。



10月04日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 住宅街の真ん中にほどよい緑に囲まれた公園がある。

 時々、野外プレイを楽しむ主従もいるようだが、まだこの時間は明るい。

 おれはBBQグリルに炭火を入れた。
 やってみてわかったが、おれは炭の扱いを知らなかった。

 なかなか火がつかない。苦闘していると背の高い黒人がいつのまにか傍で見ていた。

「それ、新聞とかに火をつけてからにしたほうがいいんじゃない?」

 そんな気もするが、新聞はない。

「枯れ木とかでもいいんだよ」

「おお。ありがとう」

 枯れ枝を探していると、さらに人が来た。


10月05日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕
 
「ビセンテ、何やってんだ」

 来たのはジルとアンディだ。ジルはCFでよくエリックと張り合っている。

「炭にうまく火がつかなくて」

 おれが枝を拾っていると、ジルが炭の入っていたダンボールを取って裂いた。

「そんな硬い木じゃダメだ。こういうのを燃えさしにしろ」

 彼は勝手に、ダンボールに火をつけ、炭に火を移した。彼が別のダンボールで風を送ると、炭はようやく赤く光りだした。

「うまいな。助かったよ」

 ジルはおれを見た。

「何やってんだ? こんなとこで」


10月06日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

「相棒と庭でBBQしようとしたら、旦那が帰ってきたのさ」

 しかたなく、ひとりでBBQしに出てきた、というと、アンディが言った。

「こんなところでやって怒られないか」

 おれは肩をすくめた。庭でひとりでやるよかずっとマシだ。

 ジルはおれの道具を見て

「トングとか、ミトンとか、そういうのないのか」

「気づかなかった」

 ジルはアンディに言った。

「うち行って取ってこい。あとハサミと」

「え、おれが?」

 ジルがその尻を蹴ろうとすると、アンディはすたこら駆け出した。


10月07日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 「この肉うまそうだな」

 ジルたは勝手に食材をひろげ、グリルの上にぽんぽん置いた。

「ひっくり返して」とおれにトングをもたせる。

 アンディも家から犬ビールやソーセージを持ち出してきた。

「ジルの作ったマリネも持ってきた」

「この貝焼いてくれ」

 ビセンテはいつのまにかビールを飲み、食べている。

「調味料、何もないのか」

「あ、これ」

 おれは焼肉のタレを取り出した。彼はなめてみて、目を丸くした。

「うまいな、これ!」



10月08日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 おかしな宴がはじまっていた。

「このソース最高だな」

 アンディも焼肉のタレが気に入ったようだ。

「このマリネもうまいよ」

 おれはホタテとパプリカのマリネを褒めた。ジルはお世辞に答えないが、グリルが空くとせっせと肉を焼いている。

「あー、BBQやってる」

 公園の端から直人が駆けつけてきた。

「ここで? いいの?」

 ジルが肩をすくめ「いいかどうかわからんさ。肉があったから喰うだけの話」

 直人は肉の焼ける香ばしい煙をうらやましそうに見つめた。



10月09日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 直人はチラと後ろをふりかえった。

 日本人が歩いてくる。直人の旦那だ。

「おやおや。キャンプ料理か。こんな住宅街の真ん中で、まあ――」

 おれたちは警戒した。
 客だ。通報されて、ハスターティが呼ばれる。

(なんと言いくるめようか――)

 おれが忙しく頭を働かせていると、ビセンテが直人の旦那にも骨つき肉を渡した。

「どうぞ」

 旦那は、あらま、と受け取り、肉にかぶりついた。

「あつつ」

 旦那はほくほくと肉を食い、

「炭火の味がいいね。よければ、うちの子も入れてやってくれないか」


10月10日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 パーティーに直人が加わった。
 直人はドムスから食材と調味料を持ち出してきた。

 さすが料理人がいると違う。スペアリブをたまねぎやジャムでもみこんだり、しょうが焼きが登場したり。

 気難しいジルもしょうが焼きにおどろき、「これはいい」とうなずいた。
 直人はめずらしくはしゃいでいた。

「BBQやりたかったんだ。うちの庭じゃ絶対できないから」

「じゃ、作ってばっかりいないで食っていけよ」

 ジルが彼の皿に肉をのせる。そこへまた

「何やってんだ?」



10月11日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 中国の武術家、劉小雲だ。

「こんなとこでパーティー? うまそうだなー」

「食っていけよ」

 おれは彼に肉の串焼きを持たせた。

「ありがとう。いいね、こういうの」

 彼は肉にかぶりつき、幸せそうにうなった。

「今日、何食べようか悩んでたんだ。ひとりで食べてもさびしいしね」

 彼は自分も何か持ってくるよ、と言ったが、ジルが「じゃ、炭足してくれ。消えそうだ」と頼んだ。
 さらにそこにふたりきた。

「いいな。おれたちも入れてよ」

 柔道クラスのタクと相棒のライアンだ。



10月12日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 「なぜかちょうどビールをもっている」

 ライアンは犬ビールを1ダース提供した。

「すばらしい。肉を食え」

 ジルは彼らにも焼けた肉をとらせた。

 ふしぎなパーティーになっていた。ライアンたちの後もなんだかんだと人が集まってきた。総勢20人ぐらいになったのではないか。

 夕暮れの公園で、ふだんそれほどつきあいがあるわけでもない連中が、炭火と焼肉を囲んで笑っている。

 楽しかった。みんな、ガキみたいに可愛い。みんな、上機嫌だ。



10月13日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 結局、ハスターティが来て、案の定、解散になった。

 ジルはイヤミを言い、ライアンも弁護士みたいに抗議したが、おれは彼らをなだめ、片付けた。

 楽しいパーティーだった。銃をつきつけられるような終わりにはしたくない。

 ジルには最後に礼を言った。

「おかげで悲しい飯にならなくて済んだ」

 ジルは聞こえていないフリをした。

 コンロをかついでドムスに帰る。
 リビングには誰もいない。

 自分の部屋に入ると、ベッドの上にホイルの包みがあった。
 まんまるの握り飯が入っていた。



10月14日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 伯爵の滞在中、マキシムはほぼ主人のそばを離れない。

 一切、おれを見ない。おれなど忘れてしまう。

 だから、ぶかっこうな握り飯を見て、おどろいた。
 かみ締めて、涙が出た。

 おれはやつを見損なっていた。愛し、崇拝しながら、見損なっていた。

 握り飯を食い、おれはあったかい気分で懺悔した。

 世界一の幸せ者だとおもった。マキシムにしても、今夜のパーティーにしても。

 そして、幸せな出来事はまだ続くのであった。



10月15日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕

 例の公園BBQパーティーが中庭の噂になっていた。

「いいなあ。おれもやりたい」

「BBQずっとやってないわ」

 そんな中、本当に公園にグリルを持ち込み、BBQをやりだす連中が出てきた。無論、ハスターティが出てきて、追い散らす。

 だが、あきらめない連中は小型のシングルバーナーを持って、また集まってくる。

「庭じゃダメなんだよ」

 連中はハスターティに文句をいった。

「ずっと木にも土にも触れてない。石造りの町にとじこめられて息がつまる。自然が恋しい。山に連れてけとは言わないが」



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